月宮の日記

読んだ本の解釈とか手帳とかだらだらと自分の考えを好き勝手語っていくだけのブログ。作品のネタバレも普通にあるので注意。※2024/2/29 更新再開

『黒い羊』とイワン・カラマーゾフ

今回は考察と言うよりは小ネタ的な感じなので短めに。

私は2017年の紅白歌合戦のパフォーマンスを見てから欅坂46(現:櫻坂46)が好きになり、彼女たちの楽曲をほぼ毎日聴くようになった。メッセージ性の強い歌詞と曲、彼女たちの曲を届けるためのパフォーマンスにすっかり惹かれてしまったのだ。(ちなみに『曲が暗い』と言われるが、表題曲で『暗い』のは8枚目シングルの『黒い羊』ぐらいだと思う)

だが、今回は欅坂46の話ではない。

何かというと『黒い羊』の歌詞が『カラマーゾフの兄弟』のイワン・カラマーゾフと重なる部分が多いなと言う点である。正確には『黒い羊』の主人公である『僕』とイワンがかなり類似しているなと感じた。

特に強くそれを感じたのはラストのサビあたり『自らの真実を捨て~』のくだりである。ここを聞いて思い出したのが、法廷で聴衆たちに向かって絶叫するイワンだった。

「お互いにしらを切りやがって。嘘つきめ! だれだって父親の死を望んでいるんだ。毒蛇が互いに食い合いをしているだけさ……父親殺しがなかったら、あいつらはみんな腹を立てて、ご機嫌斜めで家へ帰ることだろうよ……とんだ見世物さ!『パンと見世物』か。もっとも俺だって立派なもんだ! 水がありませんか、飲ませてください、おねがいだから!」(第12編)

 歌詞の中で『黒い羊』を指さす『白い羊』のふりをする者たち。これが法廷の聴衆たちに重なり、そして指をさされる『黒い羊』がイワンと重なるのである。
また二番のサビに入る前に『全部僕のせいだ』という歌詞があるのだが、この歌詞もフョードルが殺害された後の二か月間のイワンと重なる。

「いいえ、兄さん、あなたは何度か自分自身に、犯人は俺だと言ったはずです
「いつ言った……? 俺はモスクワに行ってたんだぞ……いつ俺がそんなことを言った?」すっかり度を失って、イワンがつぶやいた。
「この恐ろしい二か月の間、一人きりになると、兄さんは何度も自分にそう言ったはずです」とアリョーシャは相変わらずはっきりとした口調でつづけた。だが彼はもはや、さながら自分の意志ではなく、何か逆らうことができぬ命令に従うように、われを忘れて話していた。「兄さんは自分を責めて、犯人は自分以外のだれでもないと心の中で認めてきたんです。でも殺したのは兄さんじゃない。兄さんは思い違いをしています。犯人はあなたじゃない。いいですね、あなたじゃありません! 僕は兄さんにこのことを言うために、神さまから遣わされてきたんです!」(第11編5)

 また歌詞にある『白い羊』たちの中で一人『悪目立ち』しようとする『僕』の様子は、このイワンの言葉とも重なるだろう。

「俺は調和なんぞほしくない。人類への愛情から言ってもまっぴらだね。それより報復できぬ苦しみをいだきつづけているほうがいい。たとえ俺が間違っているとしても、報復できぬ苦しみと、癒されぬ憤りをいだきつづけているほうが、よっぽどましだよ。それに、あまりにも高い値段を調和につけてしまったから、こんなべらぼうな入場料を払うのはとてもわれわれの懐ろではむりさ。だから俺は自分の入場券は急いで返すことにするよ。正直な人間人間であるからには、できるだけ早く切符を返さなきゃいけないものな。俺はそうしているんだ。俺は神を認めないわけじゃないんだ、アリョーシャ、ただ謹んで切符をお返しするだけなんだよ」(第5編4)※太字は傍点がふってある箇所

彼が『神の世界を認めない』のは、詳しくは引用しないが、赤ん坊が遊び半分で銃で撃たれたり、糞尿まみれで極寒の外へ出されたり、裸にされて母親の前で猟犬にズタズタにされたりする世界に対して憤りを覚えているからだ。その怒りそのものは共感を覚える人も多いだろう。或いはイワンの言葉を『正論』と拍手喝采する人も多いかもしれない。ただ好きな人には申し訳ないが、個人的にイワンのこういった主張に対してはかなり冷めた目で見てしまう。というのも社会問題や事件に対してネット等で『お気持ち』を表明している『だけ』の人と何が違うんだと思ってしまうからだ。実際に父親であるスネギリョフを傷つけた兄ミーチャの代りに9歳の子供イリューシャから中指を深く噛まれるという『報復』されたアリョーシャが目の前にいるのだから猶更である

「そんなはずはありません。あなたはとても賢いお方ですからね。お金が好きだし。わたしにはわかっています。それにとてもプライドが高いから、名誉もお好きだし、女性の美しさをこよなく愛していらっしゃる。しかし、何にもまして、平和な満ち足りた生活をしたい、そしてだれにも頭を下げたくない、これがいちばんの望みなんです。そんなあなたが、法廷でそれほどの恥をひっかぶって、永久に人生を台無しにするなんて気を起すはずがありませんよ。あなたは大旦那さまそっくりだ。ご兄弟の中でいちばん大旦那さまに似てきましたね、心まで同じですよ」(第11編8)

こう考えるとイワンは『黒い羊』になりたい『白い羊』であり、同時に『白い羊』でありたい『黒い羊』であると言えるかもしれない。『承認欲求』はあるけれども目立ちたくない(安全圏にいたい)世の中に物申したいけれど批判を受けるのは嫌だ、みたいな具合に思えてしまう。悪くいってしまえば『損はしたくない。良いどこどりだけをしたい』だ。しかし神を信じつつ信じていない肯定にも否定にも振り子のように揺れる、こうした二律背反もまた、イワンの人物像の一つであり、一見難解で謎めいた彼の人間的魅力にもなっているとは思う。

……話がそれるのでこの辺りにしておこう。

とに