月宮の日記

読んだ本の解釈とか手帳とかだらだらと自分の考えを好き勝手語っていくだけのブログ。作品のネタバレも普通にあるので注意。※2024/2/29 更新再開

泥努と『時の廊下』

以前「泥努が本当に待っていたのは凧葉ではないのか?残花少尉との幼馴染関係はいらなかったのでは?」という記事を書いたのだが、そうなると昭和7年、泥努が残花少尉と再会し、絵に引き込んだときの『笑顔』の理由が説明つかなくなる。某所ではペンネームを名乗ったのに空気読まずに本名ばらされたからとかネタで言われていたが素直に読めば本編で凧葉が泥努に言った通りの解釈でいいのだと思う。…やっぱり公式でファンブックとか出してもらえないだろうか。

双亡亭という場所は外と時間の流れがおかしくなっており、また時代と時代が繋がっている。この時代と時代をつないでいるものが作中では『時の廊下』と呼ばれていた。
この『時の廊下』が出てくるのは第十九巻であり、母屋に突入する破壊者たちが陽動作戦を行っているうちに、凧葉と帰黒の2人が『時の廊下』で一度昭和7年に行き、また同じ道をたどって現代に戻ることで泥努がいるアトリエに直接上がろうというものである。

この『時の廊下』について再度触れられるのは最終巻の249回。凧葉は残花とともに蘇生した帰黒に「泥努がもっとも後悔していたりする『時』に伸びている『時の廊下』」を探すように頼む。凧葉は『時の廊下』について『泥努の思いの強い時間から今へとつながっている』(第二十五巻)と推測した。その泥努が強く後悔している『時』とは大正6年、由太郎が病気になって帰ってきた姉、しのぶに会いに来た月橋詠座を刺した時だった。この時のしのぶは精神にも異常をきたしており、愛する詠座に会いたがっていた。おそらく泥努は姉と詠座を会わせなかったことを強く後悔していたと思われる。

さて、作中で出てきた『時の廊下』でつながっている『時代』(つまり、泥努の思いが強い『時間』)は2つ。一つは最終回で凧葉が青一とともに向かった大正6年、もう一つが昭和7年である。
昭和7年といえば残花少尉と帰黒の時代であり、2人は双亡亭に再突入する際、この『時の廊下』を通って90年後の双亡亭にタイムスリップしてしまった。大正6年が「泥努が強く後悔している時」ならば昭和7年は何か。515事件とか応吉(のちの五頭応尽)が仕え始めた時とかあるのだが、一番大きいのは泥努と残花少尉の再会であろう。つまり泥努的には「幼馴染と再会できてうれしかった」時である。泥努は残花と幼い頃に話した「うらしまたろう」の話、更に「オレと由ちゃんと二人で龍宮城に行ったらええんじゃ」(第二十三巻)という雑談レベルの『約束』をずっと覚えていた。そのため「これで漸く一緒に龍宮城に行ける!」と絵に引き込みながら笑ったのだった。

だがそんな泥努の喜びは長くは続かなかっただろう。何故ならば残花少尉が絵から脱出してしまったからである。
皮膚を失った残花少尉は朦朧としながら双亡亭から出た後、病院に運び込まれた。その後(おそらく病院から脱走して)霊水を求めて帰黒がいる白水白城教に乗り込み、霊水で傷を癒したのち帰黒を相棒として再度双亡亭に乗り込んだ。2人が『時の廊下』を通って現代へ飛ばされたのは、双亡亭母屋玄関(過去と現在が交わる場所)に踏み込んだ時だった。

一方泥努にしてみればようやく一緒にいられると喜んだのにその幼馴染が自分の前から姿を消してしまったことになる。残花少尉が『逃げた』のは実は二度目で、一度目は少年のころ、由太郎が姉しのぶを絞殺した時であった。残花は由太郎を夏祭りに誘うために坂巻家を訪れたのだが(おそらく姉に付きっきりな由太郎の気晴らしの為であるとも思われる)、偶然その現場を目撃してしまったのだ。「何やっとるんじゃ由っちゃん!」(第八巻他)と叫ぶ残花に由太郎は「のうざんちゃん、幸せそうじゃろう」(同)と歪んだ笑みを浮かべた。残花はあまりの恐怖に逃げ帰ってしまい、本人はそのことを強く後悔していた。(七巻で再会した時にはそのことについて触れていなかったが、これは残花少尉が『親友に謝りたい』という個人の事情よりも憲兵隊長として『屋敷に逃げ込んだらしい犯人を逮捕する』という任務を優先したからだと考えれる)泥努はそのことを残花の背中に見えた『薄紫色』(由太郎を心配する色)で理解しており、泥努本人も残花が逃げたことに関しては恨んではいなかった。だが彼は最終回にて自分は「私は二度死んだ」(第二十五巻)と言っており、その二度目とは「姉を殺した時」であった。それを考えると恐怖に混ざった「心配」の色を把握しつつも残花が「自分を見棄てて逃げた」ことはやはり思うところがあったのではないかと思う。

それはともかく、せっかく再会できた友は幼い頃の『約束』を忘れており、果たしてもらえないばかりか自分への怒りと共に(泥努の自業自得ではあるが)目の前からいなくなってしまい、泥努にしてみればその後90年近く再会できないことになってしまった。もしかしたら「あいつは死んだのでは」と思ったかもしれない。というのも第三巻で凧葉と初邂逅した時「戻ってきたら私と絵の話をするのだ」(第三巻)と約束を取り付けたが、凧葉が去っていたあと、彼は小さく溜息をつき「多分、あの男も死ぬ」(同)と独りごちていた。凧葉は作中唯一色が視えない人物であり、つまり心が見えない。ということは「あいつも残花や姉さんみたいに私の前から永遠にいなくなるだろう」と内心諦めに近い感情を抱いていたかもしれない。だが凧葉は『侵略者』の支配をほぼ無傷ではねのけ、その後絵に取り込まれた紅や鬼離田姉妹の救出した。泥努は双亡亭内部の出来事を壁に映すことができるため、凧葉の行動も択一把握していた。

その後大量の窒素をアポーツしたアウグスト博士の養女・フロルをおんぶしながら双亡亭の外に出た凧葉だが、フロルを自衛隊に預けた直後、黒い腕たちによって双亡亭内に引き戻されてしまう。泥努は凧葉に「絵の話をする」という約束を果たしてもらいたかったのだ。どんだけ凧葉好きなんだよと思うが、これも過去に姉であるしのぶが詠座に奪われたことや残花少尉に『約束を果たしてもらえずに逃げられた』体験を踏まえると致し方ない部分もあるだろう。おまけに自分と同じ絵描きであり、理解者や友になり得る人物だった。泥努にしてみれば「今度こそ逃がさん!」という気持ちだったかもしれない。

さて、十九巻の帰黒の説明によれば双亡亭内の時間の乱れの中から何本かの『廊下』のような道が、昭和7年の世へと繋がっていたという。つまり昭和7年に繋がる廊下が双亡亭内にはいくつも存在していると考えられる。凧葉の推測通りだとすれば「様々な時代の泥努の『今』から昭和7年の『時』に繋がっている」ことになる。これが何を意味するのかというと、泥努は昭和7年に残花少尉が絵から脱出してから現代にいたるまで90年間絵を描き続けながらずっと彼を待っていたということなのだ。(ちなみに泥努は双亡亭内の時代と時代が交わっていることについて「私に、不都合は、ない」(第十二巻)と言っている)重いよ坂巻泥努…。まあ廊下をつながなかったらすぐに再会できただろうとも思うのだけれど「ゆるさんぞ坂巻!」(第八巻)状態だった残花少尉と話ができるとは思えないので凧葉がいる90年後に廊下が繋がったのはよかったかもしれない。また、以前は姉と幼馴染以外心を開ける人間がいなかった泥努が新たに凧葉や紅と出会い、関わり合うことで泥努に変化を与える必要もあった。やはり90年待ってもらったほうが良かったのだろう。

ところで一つ疑問があるのがだ、泥努は残花少尉を龍宮城に連れて行ったあとはどうするつもりだったのだろうか。泥努は深層心理で「老いても最高の絵が描けなかったら怖い」(第二十三巻)と「画業を成せないまま独り孤独においていく」ことに対して泣くほど恐怖を抱いていた。それでも「友だちが一緒に龍宮城に行ってくれるんだ」「何にも、こわくない」(同)と残花少尉が一緒に来てくれるなら恐怖は和らぐと考えていた。しかし凧葉ならば絵の話をしたり一緒に絵を描く。紅ならば彼女をモデルにして絵を描く、緑朗は自分の作品を見てもらう…とわかるのだが、残花少尉の場合は絵の話ができるわけではないし、由太郎の絵は好きだったようだが今の泥努の絵を残花少尉が気に入る保証はない(多分あの絵柄じゃ無理だろう…)。それは幼馴染である泥努もよく知っているはずだ。しかしそれでも、自分の孤独と恐怖を癒すために龍宮城で永遠に傍にいてもらいたかったのか。残花少尉への恋心を凧葉に見抜かれた帰黒が「黄ノ下少尉のお傍にいられるだけでも…」(第十九巻)と赤面しながら言っていたのだが、案外泥努もこれに近かったのかもしれない。重いわ坂巻泥努。

泥努は気に入った人間、心を赦せる人間に対しては重い感情を抱く傾向があり、彼の対人感情は0(どうでもいい)か100(めちゃくちゃ重い)か-100(死ぬるがよい!)に振り切れているフシがある。これは多分姉であるしのぶの件があったからだろう。このために自分の大事な存在を束縛し、傷つけ、最悪失ってしまうのだ。だが凧葉の介入により泥努にならなかった世界の由太郎は姉や残花以外の様々な人間と関わり、絵描き友達もできたことだろう。そのため特定の誰かに重い感情をぶつけて束縛することなく、誰に対してもちゃんとした健全な人間関係を築けることだろうと思う。