月宮の日記

読んだ本の解釈とか手帳とかだらだらと自分の考えを好き勝手語っていくだけのブログ。作品のネタバレも普通にあるので注意。※2024/2/29 更新再開

スメルジャコフとアリョーシャ①

最近今更King Gnuの『白日』を聴いている。聞けば聞くほど歌詞の内容がスメルジャコフっぽいと感じる。望まなかった誕生、イワンとの出会い、フョードルの殺害、そして自ら命を絶つまでの二か月。特にサビの『真っ新に生まれ変わって~』のくだりが、一番、二番ともに、フョードル殺害後のスメルジャコフと重なるのだ。(スメルジャコフが自殺した日が吹雪の夜だったので余計に重なるのかもしれない)スメルジャコフが命を絶つまでの最期の一か月間について書きたいが、その前に、まずアリョーシャとスメルジャコフの関係、更にマリアを介した交流を見ていきたい。

そもそもスメルジャコフはアリョーシャのことをどう思っているのか。スメルジャコフ本人がアリョーシャに言及する場面は殆どない。代わりの証言者となってくれるのは、フョードルである。

「あのな、俺にはちゃんとわかっているんだ。あいつはみんなに対するのと同じように、この俺にも我慢できないのさ、おまえだって『尊敬しようって気を起した』なんて、いい気になっているけど、同じことだぞ。アリョーシカにいたっては、なおさらだよ。あいつはアリョーシカを軽蔑しているからな」(第3編6)

 個人的な解釈だが、スメルジャコフを一番理解しているのはおそらくフョードルではないかと思う。そのフョードルがスメルジャコフに頭を割られてしまうのだ。
それはそうと、スメルジャコフはアリョーシャを軽蔑していた。ということは、アリョーシャがスメルジャコフに無関心というよりは、スメルジャコフの方からアリョーシャに近寄らなかったというのが自然ではないかとおもう。
これはスメルジャコフに対してではないが。

このとき以来アリョーシャは、兄のイワンが何か露骨に自分を避けるようになり、きらうようになったらしいのに気づいたので、やがて彼の方から兄を訪ねるのをやめた。(第11編7)

何があったのかといううと、フョードル殺害後、二度目のスメルジャコフとの対面の前に、イワンはアリョーシャと通りで会っている。イワンは自分が父親の死を望んでいると思ったか、そしてミーチャが父親を殺してくれることを望み、それに協力することをいとわないと思ったかを訊いた。アリョーシャは「赦してください、僕はあのときそれも考えました」と《事態を和らげる》言葉一つ付け加えずに黙ってしまった。イワンがアリョーシャを避けるようになったのか、このためであった。

それはともかく、これでわかるのは、いくらアリョーシャでも強く相手に拒まれ、或いは避けられては関わりに行きようがないという点である。じゃあ二百ルーブルを丸めて踏みつけたスネギリョフはどうなんだという疑問が飛んでくるかもしれないが、彼は決してアリョーシャを拒絶したわけではない。その証拠に、スネギリョフは後日アリョーシャの手から二百ルーブルを受け取っている。

さて、「あいつはアリョーシカを軽蔑しているからな」というフョードルの言葉を裏付けるものは、マリアとのデート中にくしゃみとともに姿を現したアリョーシャへの態度だろう。アリョーシャは兄ミーチャのことを訊ねてみるが、スメルジャコフの返答は取り付く島もなかった。

どうしてわたしがドミートリイさまのことを存じてるはずがございます? わたしがあの方の見張りでもしていれば話は別ですがね」低い声で、一語一句はっきりと、小ばかにしたように、スメルジャコフが答えた。
「いや、知らないかどうか、ただ聞いてみただけさ」アリョーシャは弁解した。
「あの方の居場所なぞ、何も存じません。それに知りたくもございませんしね」(第5編2)

 しかしそんなスメルジャコフも、アリョーシャと何度かやり取りをしていくうちに、態度を若干ではあるが軟化させる。

一つだけ教えて差し上げられることがございますよ」ふいにスメルジャコフが決心したかのように言った。「わたしは日ごろからお隣同士のよしみでこちらにはよく伺うんです。それに、伺っていけないこともございませんでしょうに? まあ、話は別ですが、今朝、夜の明けるか明けないうちに、イワンさまがわたしをオジョールナヤ通りの、あの方のお住居へ使いに出されたんです。手紙はございませんで、いっしょに昼食をしたいから、必ず広場の飲屋にドミートリイさまに来ていただくようにという、お言伝てでした。わたしが行ってみたところ、お住居にもドミートリイさまはいらっしゃいませんでしたね。。もう八時ごろでしたが、『今しがたまでいらししたけど、お出かけになった』という家主の言葉でございました。まるで双方で、なにか口裏を合わせたような具合でしたっけ。ですからことによると今ごろ、あの方はイワンさまと飲屋で坐ってらっしゃるかもしれませんですよ。と申しますのも、イワンさまは昼食には家へお帰りになりませんでしたし、旦那さまは一時間ほど前にお一人でお食事をなさって、今はお昼寝をなさってらっしゃいますからね。ただ、くれぐれもお願いします、わたしのことや、わたしがお知らせしたなんてことは、何もおっしゃらないでくださいまし。なぜって、あの方はこれといった理由がなくても殺しかねないんですから」(同)

 アリョーシャはスメルジャコフがもたらした情報によって『みやこ』へと向かうことになった。もっともそこにはミーチャはおらず、イワンしかいなかった。

二人の会話はこう終わる。

「ありがとう、スメルジャコフ、重大な知らせだよ、今すぐそこへ行ってみよう。
「裏切らないでくださいまし」スメルジャコフが追いかけるように言った。
「ああ、しないとも、飲み屋へは偶然よったようなふりをするから、安心していていいよ」(同)

この時のアリョーシャの『スメルジャコフ』呼びも『アリョーシャはスメルジャコフを兄だと思っていない』と言われるもとになっている。ただ、改めてアリョーシャとスメルジャコフの会話を読んでみると、相手を軽蔑し小ばかにした態度をとるスメルジャコフに対して、アリョーシャはスメルジャコフを召使いというよりも対等な、同性代の若者(スメルジャコフのほうが年上だが)として話をしているように思えるのだ。このころはまだ親友ポジだったラキーチンとのやり取りと比較してみると、わかりやすいかもしれない。スメルジャコフの態度が若干とはいえ軟化した(ように見える)のも、そのためかもしれない。(もっともフョードル殺害の『計画』に向けて。スメルジャコフなりの思惑はあったのだろうが)

ちなみに「安心していていいよ」と言ったアリョーシャだが、イワンにはスメルジャコフとの出会いの様子を話している。「アリョーシャはスメルジャコフとの約束を破ってるじゃないか!」と思われるかもしれないが『みやこ』にいたのはイワン一人でミーチャの姿はどこにもなかった。アリョーシャがイワンにスメルジャコフのことを話したのは、この兄を信用してのことだろう(もっともアリョーシャはイワンのフョードルに対する殺意を感づいてはいたが)。そもそもスメルジャコフが言う『あの方』はミーチャのことであり、アリョーシャもそう受け取っていた。以前の記事でも触れたが、アリョーシャがスメルジャコフとマリアのやり取りに関して、予審でも裁判でも何かしらの証言を行った形跡はない。スメルジャコフがマリアに語った一切は、スメルジャコフ『犯人』説の『証拠』になりえるだろうにもかかわらずである。つまり、ミーチャの耳にはついに入らなかったと考えられる。ということは、アリョーシャはスメルジャコフとの『約束』を守った、ともと考えられないだろうか。強引かもしれないが、一つの解釈として提示しておきたいと思う。