月宮の日記

読んだ本の解釈とか手帳とかだらだらと自分の考えを好き勝手語っていくだけのブログ。作品のネタバレも普通にあるので注意。※2024/2/29 更新再開

絵描きの恐怖と竜宮城

主人公、凧葉が双亡亭の主である坂巻泥努との初邂逅でこんな会話を交わしていた。

「お前の最も恐ろしいものはなんだ?」
「……たぶん
 アンタと同じだよ…」
双亡亭壊すべし 第三巻)

この「恐ろしいもの」が発覚するのはそれから20巻ほど後のことになる。泥努と幼馴染の残花が再会をし、すれ違い、艦砲射撃が双亡亭に襲い掛かるさ中に凧葉が2人に話し合いをさせようと『交通整理』をしていた。

2人の怖いもの、それは

「歳をとっても「絵」で何も残せねえのが怖い」(タコハ)
「老いても最高の絵が描けていなかったら怖い」(泥努)
「それよりも何よりも、
「絵」…ってなんなのか…
 それすら分からねえで年寄りになっていくのが怖い」(タコハ)
双亡亭壊すべし 第二十三巻)

凧葉は絵本作家志望であるが、出版社に持ち込んでは失敗している。泥努も絵の才能は持ち得ているのだが自身の絵は全く評価されていない。つまりこの時の二人は絵描きとして『絵』で何も残せていない状態だったのである。
しかも泥努は90年双亡亭で絵を描き続けているのだが、絵は売れず、画家としても評価されていない。現代においては妙な屋敷を建てた人間として一部で名が知れている程度だ。

二人が抱いている恐怖と言うのは、特に創作や好きなことを仕事にしたいと思っている人にとっては身につまされるものではないだろうか。夢に向かって邁進しているつもりなのに一向に手が届かない、周りはもう結婚したり会社で出世したりしているのに自分は何も成せないまま取り残されて、若い時期は過ぎ去り、中年になり、壮年になって老いぼれに…うん、自分でも書いていて怖くなってきた。

双亡亭において、泥努はまさにこの状態だった。その恐怖ゆえなのか、霊体になった緑朗が泥努の体内にかくまわれた時、彼の中で出会ったのは絵筆を握る年老いた泥努だった。老泥努は全てに疲れ切った様子で「うらしまたろう」の歌を歌いながら絵を描き続けていた。侵略者のトラウマ攻撃をはねのけたばかりか逆に支配をし、九相図を描くために何人もの女を殺し、自衛隊の部隊を躊躇いなく全滅させ、自分の絵を認めない世界を滅ぼすことに一切の躊躇がない本作のラスボスたる男の深層心理がこれだったのだ。しのちゃんはここを突けばよかったんじゃないかなあ。

「こわい…こわい…
 なんて恐ろしい話なのだ…」(同)

あまりの恐怖に筆を落とし、泣く老泥努。しかし彼には一つの希望があった。それは

「友だちが来てくれるんだ…」
「え?」
「友達が一緒に龍宮城に行ってくれるんだ
 なんにも、こわくない…」(同)

そう、彼には友達がいたのだ。しかも『一緒に龍宮城に行ってくれる友達』である。友達が来てくれれば、泥努の『老いても最高の絵が描けない』という恐怖は和らぐのだ。老泥努も「友達が来てくれる」という期待感で泣くのをやめて笑顔になった。

「ああ、早く二人で行きたいなあ
 竜宮城に…」(同)

そしてその友達というのが彼の幼馴染である黄ノ下残花少尉だったのである。

幼き日の由太郎と残花少年は学校の帰り道「うらしまたろう」の童謡を歌っていた。二人の話題は「うらしまたろうの話が怖かった」という話になった。竜宮城に連れていかれて帰ってきたら何百年もたっており、乙姫から貰った玉手箱を開けたら白髭の老人になってしまう。それを少年二人は「怖い」と感じたのだった。

「もしも自分が太郎みてえに竜宮城に連れていかれて何百年もたっていたら、ざんちゃんはどうする?」(同)

由太郎の問いかけに残花少年は笑ってこう答えた。

「おれと由ちゃんとで2人で
 竜宮城へ行ったらええんじゃ!」(同)

いつもの日常の何気ない一コマのやり取りであり、少年だった残花の言葉も冗談めかした雑談の延長のようなものであったのだが『最高の絵が描けない』まま一人で老いていく恐怖を抱いていた泥努にとっては心の支えとなっていた。
更に言えばこれこそが、泥努が残花少尉を部下ごと絵に引き込んだときに笑った理由であった。泥努は残花少尉との再会を喜んでおり、二人で龍宮城に行くという約束を果たしてもらいたかったのだ。しかし残花少尉は幼い頃に言ったこと自体忘れており、泥努の笑い方がぎこちなくて嘲笑に見えてしまったため(……)それが泥努とのすれ違いのもとになってしまった。ただ爽やかに笑って「一緒に龍宮城に行こうね」って絵に引き込むのもそれはそれでサイコである。

最終的には泥努が双亡亭はいらないという結論にいたったことで、残花少尉の竜宮城行もなしになった。それにしても幼い頃の雑談をいつまでも覚えていて心の支えにしていて大人になってその「約束」を果たしてもらおうとするのはやはり重いし、そもそも残花少尉を竜宮城に連れて行って何をするつもりだったのかと疑問は湧く。次回は泥努(由太郎)にとって残花少尉がどういう存在だったのかを考えてみたい。