ドストエフスキーの作品というのは100人いれば100通りの解釈が可能と言われているらしく、同じ作品でも、読み手によって解釈や考察が別れることはザラである。私も読み手の一人として様々な解釈や考察をしてみたい!ということで挑んでみたのだが、見事にぐちゃぐちゃになってしまった。読みが浅いのと素人ではやっぱり駄目ですね。
『カラマーゾフの兄弟』というのはメインとなる『父親殺し』だけでなく、様々なテーマを扱っている作品だと言われている。そのためこの作品には様々なアプローチが可能なのだが、素人の私がこの『様々』に幾方向に手を出すと、大やけどをする羽目になることがわかったので(笑)やはりこの作品の考察ないし解釈を述べる際には、ある程度テーマを絞っていきたいと思う。そのため何度か同じような記事を書くこともあるかもしれないが、そこはご容赦いただきたい。
で、このブログのテーマは以下の2つにした。
・スメルジャコフと『親切な人たち』
・アリョーシャとスメルジャコフの交流
①スメルジャコフと親切な人たち
『カラマーゾフの兄弟』という作品内にて、強烈な存在感を放つ男、スメルジャコフ。
『臭い男』と呼ばれるこの青年は、カラマーゾフ家に仕える召使であるが、実は主であるフョードルの私生児であるという噂があった(が、作中では明言されていない)
彼は少年のころ猫を縛り首にし、自身が司祭となって『葬式ごっこ』を行うという悪魔性を持った青年であり、一応作中ではフョードル殺害の実行犯である。彼は周囲の人間から虐げられており、誰からも愛されることがなく、差別されている――というのが、多くの人が持つスメルジャコフの印象だろう。
しかしそんな彼にも少なからず愛を注いでくれる人間がいるのである。
というのも、当のスメルジャコフがこんなことを言っているのだ。
「マルファ・イグーナチェヴナがわたしを忘れずにいてくれて、何か必要なものがあると、今までどおり親切にいろいろと助けてくれますので。親切な人たちが毎日、見舞いに来てくださるんですよ」(第11編6)
この『親切な人たち』とは誰なのか。育ての親であるマルファの他にも当てはまるであろう人物がいる。マルファの夫であるグリゴーリイや、スメルジャコフの『恋人』であるマリヤ・ゴンドーラチェヴナだ。グリゴーリイは確かにスメルジャコフに対して体罰を行ったりもしたが、彼が自殺をしたときは十字を切ってその死を悼みもした(第12編2)。マリアに関しては『ギターを弾くスメルジャコフ』(第5編2)にてスメルジャコフがギターを弾いてやった相手であり、彼女はスメルジャコフに対して好意を寄せている。そしてスメルジャコフが病院から退院すると、彼を自分と足の悪い母の新居に引き取るのだ。(第11編7)これについては改めて後日記事を書いていきたいと思う。
②アリョーシャとスメルジャコフの交流
この小説の主人公であるカラマーゾフ家の三男アリョーシャ。彼は周囲から『天使』と呼ばれ、誰からも愛される青年として書かれている。
そんな彼だが、唯一スメルジャコフに対しては『冷淡』『無関心』という指摘が多くされている。理由はアリョーシャとスメルジャコフの交流シーンが極端に少ないこと、フョードル殺しの罪で誤認逮捕された長男ドミートリイ(ミーチャ)の『顔』だけで、スメルジャコフがフョードル殺しの犯人だと確信していたことがあげられる。。しかし「いや、スメルジャコフのほうがアリョーシャに近寄らなかっただけじゃないの?」と思いもした。
彼らの『交流』シーンが書かれているのは『ギターを弾くスメルジャコフ』のみである。スメルジャコフは『恋人』マリアにギターを弾いて詩をうたってやるだけでなく、自身の心の闇を吐き出した。そうして、
このとき、予期せぬことが起った。アリョーシャが突然くしゃみをしたのだ。ベンチのあたりは一瞬のうちに静かになった。アリョーシャは立ちあがり、二人の方へ歩いて行った。それはまさしくスメルジャコフで、すっかりめかしこみ、どうやらこてで縮らせたらしい髪をポマードで固め、エナメルの短靴をはいていた。ギターがベンチの上に置いてあった。女は家主の娘マリヤで、一メートル半近い裳裾のついた、明るいブルーのドレスを着こんでいた。まだ若い娘で、器量もまんざらではないのだが、ひどく丸顔で、おそろしくそばかすだらけだった。(第5編2)
ここからスメルジャコフとアリョーシャの会話が続くのだが、実はこれが後のとあるシーンへとつながっていくことになる。
部屋に入るなりアリョーシャは、一時間ちょっと前にマリヤ・ゴンドーラチェヴナが彼の下宿に駆けつけて、スメルジャコフが自殺したことを報じた、とイワンに告げた。「サモワールを片づけに行ったら壁の釘にぶらさがっているんです」ということだった。「だれか、しかるべき人に届けましたか?」というアリョーシャの質問に、彼女は、だれにもまだ知らせず「真っ先にこちらへとんできたんです。途中ずっと走りどおしでした」と答えた。彼女は半狂乱で、木の葉のように全身をふるわせていた、とアリョーシャは伝えた。(第11編10)
アリョーシャがスメルジャコフの自殺を知らせた相手とはイワンなのだが、このアリョーシャが淡白すぎる、ゾシマ長老が自殺者は嘆かわしい(第6編3I)と言っていたのに、自殺したスメルジャコフのことを全く憐れんでいないという指摘もある。しかし彼の『婚約者』であるマリヤが、スメルジャコフの自殺を『だれにもまだ知らせず』(警察にもグリゴーリイ夫妻にも病院にも)『真っ先に』『ずっと走りどおしで』知らせた相手がアリョーシャであることに注目したい。果たして自分の恋人に対して『冷淡』『無関心』な相手に、その恋人の自殺を『真っ先』に知らせに行くだろうか。
……といった感じである。
だから正直、私の解釈は誰とも合わないんだろうなあという自覚はある。(実際は兄二人の方がスメルジャコフに対して結構ひどいのだが)
私の解釈が果たして正しいのかどうかは判らないが、とりあえずこの姿勢でいくよ、ということで。